『試練』
WIZARD様に連れられて、WZ991870502がやってきたのは、彼の私室とも言える、この学校の校長室でした。今は春のはずなのに、庭にはこの時期見られないであろう、四季折々の花々が競うように咲き乱れています。鳥達のさえずりが響き渡り、蝶がにぎやかに舞い、庭の隅にある小川がさわさわと流れています。木々の間からこぼれる春の日差しがとても温かく、気を抜けば昼寝をしてしまいそうなくらい気持ちのいいこの場所で、彼はいつも仕事をしています。噂によると、彼はここでたまに寝泊りもしているそうです。
彼はWZ991870502を中央のソファーに座らせて魔法を唱えました。すると、彼女の身体のあちこちにあった傷はしばらくすると、跡形もなく癒えていきました。
「先程はひどいものでしたね。大丈夫ですか?大方のところは治癒で治しましたが、他に痛むところはありませんか?」
WIZARD様はWZ991870502に治癒の魔法を施しながら優しく尋ねます。
彼はこの国、いいえ、この世界でも屈指の魔法使いです。治癒の魔法は低級なので、彼が完璧に出来ないはずがありません。それでもそう訪ねたのは、彼女がまだ沈痛な面持ちをしていたからです。
「いいえ。大丈夫です、WIZARD様。お手数をおかけ致しました」
「そうですか」
彼女の声は元気よくはありませんが、WIZARD様はそれを聞くとほっとして胸をなでおろしました。どうやら、心から彼女を心配してくれていたようです。
「さて、話があるといいましたね。あなたをこれから、人間界に送ります」
WIZARD様の言ったことにWZ991870502は驚きました。最初は悪い冗談かとも思いました。なぜなら、人間界に出ることを許されるのは、クリムソンローザだけなのです。しかし、彼女はまだグリンローザです。しかも、魔法の一つも満足にできず、成績はクラスで一番下。運動もまるでだめ。とてもじゃありませんが、人間界になど出せません。何をしでかすか分かったものではありません。
彼女は改めて彼の顔をみました。しかし、彼の表情にはどこにも、からかっているような色はありません。そもそも、彼は冗談が苦手なのです。
それを受けて、彼女も決心しました。
「行きます」
顔を上げた彼女はもう、いつものような弱々しい彼女ではありませんでした。何かを強く決心したような者にしかできない顔をしていました。
それがわかったのでしょう。WIZARD様も嬉しそうです。
「では、あなたを送り出すにあたり、いくつか説明をしましょう。今回あなたがいくのは、五十鈴川璃翠という、17歳の女の子のところです。彼女は重度の白血病で、医者から余命1年を宣告されています。あなたにしてもらいたいことは特にありません。ただ彼女の側にいてくれれば、それでよいのです」
「で、ですが、それではローザの真の使命は果たせません」
「よいのです。彼女はあなたに幸せにしてもらおうなどとははなから思っていません。ですが、あなたが納得できないのならば、そのときは自分の判断に責任をもって使命を果たすように。いいですか、間違ってはなりませんよ。何かを施してあげたり、何かをあげたりすることだけが幸せではありません」
WIZARD様はそういうと、彼女を立たせました。何か呪文を唱えると、彼女の足元に魔方陣が出現しました。そこから発せられる光が彼女を包みました。
「では、かんばりなさい。あなたを…ずっと応援しています」
意識が途切れる前に聞こえたWIZARD様の言葉がいつまでも彼女の頭の中に反響していました。
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