『第1話“ローザ”』




 石には妖精が宿っているのをご存知ですか。
 この世界では、特に価値のある石、つまり、宝石に宿る妖精をローザと呼んでいます。彼らは宿主である石を使用した装身具を所有する人間に、幸福をもたらしてくれます。ただし、それは、成熟した石の妖精であるクリムソンローザに限ったことです。未熟なグリンローザでは、逆に所有者を不幸におとしめてしまうことがあるのだそうです。
 そんな石たちが集うこの街は、“石の鉱山(さと)リエージュ”といいます。彼らはここで、たくさんのことを学び、高度な魔法を習得し、立派なクリムソンローザになるべく、まるで人間のように日々を生きています。
 そんな中に、WZ991870502という、落ちこぼれのグリンローザがいました。彼女はいつも、優秀な他のグリンローザ達にいじめられていました。今日も運悪く、学校帰りにつかまってしまったみたいです。
「やーい、おちこぼれー!」
 数人の同級生達が彼女を囲みます。
「ち、ちがうもん…」
「なにが違うんだよ。いってみろよ」
 その中の一人、体格のいい男子が彼女を小突きますが、彼女は何か言い返そうと試みます。
「わたし…おちこぼれなんかじゃ…ないもん…」
「へっ!よく言うぜ!今日なんか、ボムの魔法を使ったら教室一個無くなっちまったんだぜ?しかも、その時ラルド先生のお気に入りのカツラ燃やしちまってよ!あれはほんとに可笑しかったぜ!そんな奴がおちこぼれじゃ無いわけなんかあるもんか!」
「…………」
 WZ991870502は目に涙をためて必死にこらえていますが、いまにも泣き出しそうです。
「へっ!何にも言い返せないでやんの!やっぱり、お前はトラッシュ(駄作)だな!」
「お前本当にあの、イゥ・プリカの末裔かぁ?こんなんが子孫とは、イゥ・プリカって本当はダメな奴だったんじゃないのかぁ?」
 イゥ・プリカとは彼女の祖先に当たる方で、所有者の人間を最も幸せにし、かつ、神に見初められたという伝説の女性です。
 ハハハハ、と周りから笑い声が上がります。
「……………まを…」
「あぁん?なんだってぇ?」
「ご先祖様を、侮辱するなあぁぁぁぁぁ!!!」
 WZ991870502は突然腕を振り上げ、先ほどイゥ・プリカを罵った男子にぶつかっていきました。男子は、意表をつかれて、一瞬動けないでいました。しかし、我に返った彼は余裕でそれをかわすと、逆に彼女の腕をねじり上げ、あっという間に地面に組み伏せてしまいました。それを皮切りに、周りで見ていた他の子達も次々にこれに加わり、彼女の細い肢体に暴行を加えていきます。中には、彼女の見事な琥珀色の長い髪を引っ張っている子や、遠くから石を投げている子もいます。
 そこへ誰かが通りかかりました。
「そこで何をしているっ!!!」
 その人が怒鳴ると、あたりが水を打ったかのようにシン、と静まり返りました。
 その人は、全身黒尽くめの、三角の帽子をかぶった、顔は猫のような人でした。
「やべ………」
「WIZARD様だ………」
「こいつがWIZARD様のお気に入りだってこと………」
「すっかり忘れてた…………」
 さっきまで散々彼女をいじめていた子達の顔は、皆一様に真っ青です。まるで罪を犯したことがばれた犯罪者のように。
「何をしているのかときいているのだ」
「に、………逃げろぉぉぉぉお!!!!」
 WIZARD様、と呼ばれた方が、もう一度訪ねると、彼らは蜘蛛の子を散らしたように一目散に逃げていきました。
しかし、そう簡単には逃しません。罪を犯したものはきちんと罰を受けるというのが彼の信念です。
「SORCERER。全て捕らえて牢にぶち込んでおけ」
「責任者に連絡をいれておきますか?」
「早急に」
「御意」
 そう言い残すと、SORCERERと呼ばれた少女は疾風の如く駆けて行きました。
 あたりには静寂が訪れました。しかし、遠くからは、先ほどのいじめっ子たちの恐怖におののく絶叫がかすかに聞こえてきました。それは、周りの山にこだまして、しばらくすると、むなしく消えてゆきました。
「WZ991870502。お話があります。私の部屋へと参りましょう」



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