『第3話“WONDER”』




 気が付くと、彼女は知らない場所にいました。
 そこはもう、今まで自分が暮らしていた石の鉱山(さと)リエージュではありませんでした。
 なぜなら、物がとても大きいのです。彼女の側にはカップと思しき物が置いてありました。しかし、それは彼女の手のサイズよりも遥かに大きく、彼女の身長より少し下くらいで、ローザが使えるものではありえませんでした。
「気が付きましたか?」
 と、不意に頭の上から声がしました。
 上を向いた彼女が見たのは、どこか少年のような顔立ちの男の人でした。
 彼は、彼女に宝石を一つ手渡すと、小さな箱を示しました。その箱は、ちょうど彼女が入るくらいの大きさで、実際に彼は、彼女にそこへ入るように言っているようでした。
「僕の名前は來亜といいます。ここは、WIZARD様が経営なさっている、宝石店WONDERです」
「え、わ、WONDER?」
「ええ。名前くらいはご存知でしょう?人間界へ来たローザは、必ず最初にこの店から人間の元へ行きます。…もう少ししたら、五十鈴川様の関係者の方が、あなた、もといその宝石を引き取りに来られます。…と言っているうちにもうお見えになってしまわれたようですね」
 外からは小さく、車の停車音が聞こえました。
 來亜は、はやく、と彼女を急き立てました。彼女は言われたように素早く箱の中に潜り込みました。それとほぼ同時に店の扉が開かれました。
「五十鈴川家執事の望月と申します。宝石を引き取りに参りました」
「望月様ですね。ご注文になられたのは、こちらの蛍石で間違いございませんね?」
「確かに。では、代金はこちらです」
「…ちょうどお預かりいたしました。またのお越しをお待ちしております」
 望月は箱を受け取ると、來亜に軽く会釈をして、車で去っていきました。
 來亜はしばし、車の走り去ったほうを無言で見つめていましたが、やがて店の中へ戻っていきました。
 そこにはいつの間にかWIZARD様がいらっしゃいました。
「WIZARD様。無事に引渡しが完了しました」
「うむ。ご苦労だった。何か変わったことがあったら引き続き連絡してくれ」
「御意」
 彼は、それだけを言うと、来た時と同じように唐突に帰って行かれました。



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